<北水ブックス>

AIが切り拓く養殖革命

―北大×ソフトバンクのチョウザメプロジェクト

石若裕子 編著
今村央/須田和人/安居覚/嘉数翔/M・イーストマン/小川駿/利根忠幸 共著

養殖におけるAIの応用について、解剖学的手法も用いたデータ収集に始まり、CGオブジェクトの作成、水中環境のシミュレーション、ディープラーニングにより水槽の映像からチョウザメを自動検知し、尾数のカウントに成功するまで、実際の作業の流れに沿って、興味深い画像や動画、そして失敗談も交えて、具体的かつ詳細に解説します。

書籍データ

発行年月 2023年7月
判型 A5
ページ数 128ページ
定価 1,980円(税込)
ISBNコード 978-4-303-80010-9

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概要

 水産の世界に、人工知能(AI)を取り入れる試みはされているが、他の業界と比較して著しく遅れている。大きな理由として、“水”と切っても切れない関係であることが挙げられる。AIを利用するためには、必ず電子機器が必要である(そうでなければ人の知能なので、これまでと変わらない)。電子機器にとって水は天敵である。海水や水圧といった地上では考慮する必要のないものが、データ収集を困難にしている。さらに、養殖を効率的に行うための要素が、環境や魚の生態など、多岐にわたり、組み合わせが膨大となる。すべてを実際に行うと、魚の成長を待たなくてはならず、いくら時間があっても最適な組み合わせを得ることができない。そのため、シミュレーションによって最適な組み合わせを探索し、実践するアプローチを考案した。
 第1章、第2章は、現在と未来の養殖の姿を独自の見解に基づいて記載している。学術的な背景というよりは、読み物として捉えていただきたい。第3章は、我々が提案したシミュレーションの全体の流れについて簡単に説明している。チョウザメに限らず、養殖全体のシミュレーションを行うための準備、シミュレーションそのもの、シミュレーションの適用について概要を述べる。それぞれの項目についての詳細は、後の章にて説明している。
 第4章はシミュレーションの準備である実データ収集の方法について述べている。まずチョウザメの筋骨格モデルを作成するための解剖データ収集について、今村教授に執筆いただいた。そのあと、チョウザメの動きのデータを取るために水中や水上にカメラを設置した方法について述べているが、ほぼ我々の失敗談である。
 第5章は、収集したデータからコンピュータグラフィックス(CG)をどう作成していくかについて記載している。CGやツールの知識がなくても読めるように工夫したつもりである。
 第6章は、群としての魚の動きのシミュレーションについて述べている。こちらには式が含まれ、研究色が他と比べて若干濃くなっている。式を理解したい場合は参考文献を参照し、全体像を知りたい人は式を読み飛ばしても理解できるように記載した。
 第7章は生成したシミュレーションの適用について述べている。尾数カウントやトラッキングに対して、機械学習の1つであるディープラーニングを用いた方法の概要を説明している。機械学習の詳細まで記載することはできないが、どういうことができるかに着目して記載しているので、予備知識のない読者も恐れずに読んでいただきたい。
 第8章はチョウザメ以外の魚種への適用について述べている。日本の養殖場で飼育されているギンザケ、トラウトサーモン、マダイ、ブリについて尾数カウントを行った結果を示す。(「はじめに」より抜粋)

目次

第1章 養殖のいま
 1.1 海面養殖におけるスマート化の現状
 1.2 陸上養殖におけるスマート化の現状
 1.3 AIの進歩によるスマート化への期待
 1.4 養殖AI技術の進歩における課題

第2章 AIによる養殖革命の可能性
 2.1 AI活用の難しさ
 2.2 それでもAIは活用したい
 2.3 フルオートメーション養殖場
 [コラム]LiDAR実験

第3章 シミュレーションの流れ
 3.1 全体の流れ
 3.2 実データの収集
 [コラム]2つのプレッシャー
 3.3 実データからCGオブジェクトを作成
 3.4 実データから水中の環境シミュレーション
 3.5 アノテーションの自動生成
 3.6 尾数カウントの例

第4章 データ収集
 4.1 解剖学的手法に基づく形態データの収集
 [コラム]チョウザメ類の分類学
 4.2 水槽のなかのチョウザメのデータ収集
 [コラム]魚は生きている
 4.3 水槽の上からのチョウザメのデータ収集

第5章 チョウザメのCGをつくる
 5.1 CGをつくろう
 5.2 CGを動かそう
 [コラム]回転のイメージがわかない:クォータニオンの話
 5.3 CG環境をつくろう

第6章 Foids:魚群のシミュレーション
 6.1 魚群と物理学の長い付き合い
 6.2 Foids(魚擬)
 6.3 DeepFoids(深層強化学習+魚擬)
 6.4 現実の魚群とシミュレーション上の魚群の比較
 6.5 その他の魚群の数理モデル
 [コラム]学会採択裏話

第7章 ディープラーニングの学習
 7.1 トレーニングデータセットの作成
 [コラム]シンセティックデータセットだけでの物体検出
 7.2 学習
 7.3 チョウザメの検出
 7.4 チョウザメの追跡

第8章 海上生簀での実証
 8.1 海上生簀での養殖
 8.2 海上生簀でのフィールドワーク
 [コラム]ダイビングのライセンス

プロフィール

石若 裕子(いしわか ゆうこ)
マルチエージェントシステムにおける強化学習に関して博士(工学、北海道大学)を取得。函館工業高等専門学校で助手、北海道大学大学院・情報科学研究科にて特任助教授を経て、ソフトバンクBB株式会社に入社。社名変更に伴い、ソフトバンク株式会社にて、機械学習、計算論的神経科学などの基礎研究に従事。養殖のスマート化の研究のため、潜水士の資格を取得。
(第2章、第3章、4.2節)

今村 央(いまむら ひさし)
北海道大学大学院水産科学研究院教授。総合博物館水産科学館長を兼任。博士(水産学)。専門は魚類系統分類学。著書に『魚類分類学のすすめ〈北水ブックス〉』(海文堂出版)をはじめ、『山渓カラー名鑑:日本の海水魚』(共著、山と渓谷社)、『日本動物大百科6魚類』(共著、平凡社)、『東北フィールド魚類図鑑』(共著、東海大学出版会)、『魚類学』(共著、恒星社厚生閣)などがある。
(4.1節)

須田 和人(すだ かずと)
システムエンジニアとして、SI企業でキャリアをスタート。2005年にソフトバンクのグループ企業に参画し、2008年からはアリババジャパン株式会社でCISO(最高情報セキュリティ責任者)兼情報システム部長を歴任。2012年よりソフトバンク株式会社にて、並列処理アルゴリズムやコンピュータグラフィックスの研究チームの責任者として先端テクノロジーの研究開発に従事。
(第1章)

安居 覚(やすい がく)
小さい頃からモノづくりが大好き。学生時代は画像処理や3D CGにのめり込む。大学院卒業後フリーランスとして多種多様なソフトウェア開発を経験。2013年より個人事業主として業務委託でのシステム開発を開始。2016年からソフトバンク株式会社にて3Dアバターやスマート養殖に関する研究開発に取り組んでいる。
(4.3節、5.2節)

嘉数 翔(かかず しょう)
2016年から3D CG/映像アーティストとして活動。TV、CM、PV、コンサート、web、イベントなど幅広いジャンルのコンテンツ制作を担う。2019年にソフトバンク株式会社入社。3D CGアーティストとしてチョウザメの筋骨格モデルの制作を担当。その他、3D CG/映像/デザイン領域を生業として活動。
(5.1節、カバー・表紙デザイン)

マイケル・イーストマン(Michael Eastman)
ゲーム開発を目指してジョージア工科大学でコンピュテーショナルメディアという専攻で理科学士を取得。2013年にソフトバンク株式会社に入社。一般的なアプリやシステム開発の他に、Kinectなどの一風変わった開発にも携わってきた。現在はスマート養殖やアパレルのDXに関する研究開発を担当している。
(5.3節)

小川 駿(おがわ しゅん)
非平衡統計物理学に関する研究を行い博士(情報学)を取得。その後、国内外の大学と研究所で非平衡統計物理学、非線形物理学、核融合プラズマ、理論神経科学などの物理学に関する基礎研究を行ってきた。2021年10月にソフトバンク株式会社に入社し、養殖のスマート化に関する基礎研究とマルチエージェント強化学習および理論神経科学の研究に取り組む。
(第6章、第8章)

利根 忠幸(とね ただゆき)
2019年に磁性流体を用いたソフトロボットの研究を行い博士(人間情報学)を取得。ITコンサルタント系の会社を経て、2021年4月にソフトバンク株式会社に入社。現在は養殖のスマート化に関する基礎研究に取り組む。
(第7章)

その他

<既刊の北水ブックス>
海をまるごとサイエンス(海に魅せられた北大の研究者たち)
出動!イルカ・クジラ110番(松石隆)
魚類分類学のすすめ(今村央)
北海道の磯魚たちのグレートジャーニー(宗原弘幸)
プランクトンは海の語り部(松野孝平)
凍る海の不思議(野村大樹)
卓越年級群(髙津哲也)
ヤドカリに愛着はあるが愛情はない(石原千晶)
海で身体のすべてを耳にする(富安信)