東日本大震災 [災害遺産]に学ぶ

―来たるべき大地震で同じ過ちを繰り返さないために

谷口宏充・菅原大助・植木貞人 共著

子どもたちや住民に対する防災教育のキーマンは学校の先生であり、地方行政のメンバーである。東日本大震災の現場でも、彼らの力量(科学リテラシー)が人々の命を大きく左右した。本書は宮城県内における災害遺産を選び、日本各地で防災教育の担い手となるべき人たちに、被災現場で起きていたこと、そこに示されている重要な知見、教訓などをオールカラーで伝える。

書籍データ

発行年月 2019年2月
判型 A5
ページ数 192ページ
定価 本体2,200円+税
ISBNコード 978-4-303-73135-9

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概要

 本書の目的は宮城県内における災害遺産を選び、語るべき出来事や教えなどを調査・整理したうえで、今後の防災教育やツーリズム資源として地域の活性化にも活かそうというものである。どのようにして防災や地域活性化に資するかは、本書の主たる読者として初中等教育学校の先生や自治体などにおける防災関係者を想定していることからもご理解いただけるのではないかと考える。すなわち日本の各地において防災教育の中心や担い手になっていただきうる方々に、被災現場ではどのような出来事が起きていたのか、単に情緒面ばかりでなく、そのなかで示されている科学や防災上の重要な知見、意義や教えなどを知り理解していただく。そのうえで修学旅行をはじめとする教育旅行などを通じて被災地域における交流人口の増加も目指していただきたいと考えているのである。
 個々の災害遺産における重要な情報や教えなどは、それぞれ第1章にジオストーリーとして細部が記述されているが、最も強調したい点をまとめると以下のようになる。
 児童・生徒や住民に対する防災教育の視点で見たとき、常日頃から身近に多数おられ、必要な知識を有し、わかりやすく説明することができるのは初中等教育学校の先生である。したがって防災の視点からも重要な彼らの力量を、目的にあわせてさらに向上させることが大切である。そのためには彼らを統括する組織である教育委員会、地域防災に責任を有する地方行政やそこにおけるメンバーの力量も重要であることは言をまたない。ここで言う力量とは科学リテラシーのことである。その意義は第1章に記した各事例で知ることができる。その力量の違いが大川小学校、野蒜小学校、戸倉小学校や気仙沼向洋高校など学校の事例ばかりでなく、東日本大震災の各現場において個々の生徒や住民たちの生命を大きく左右していたのではないだろうか?なお、ここで言う科学リテラシーとは、文部科学省による「自然界及び人間の活動によって起こる自然界の変化について理解し、意思決定するために、科学的知識を使用し、課題を明確にし、証拠に基づく結論を導き出す能力」のことである。
 本書中に記した東日本大震災で起きていた出来事とそこから導かれる教えは、過去の震災時のものとどのように類似あるいは相違しているのか興味が持たれるところである。
 “天災は忘れた頃にやってくる”の格言で一般にもよく知られ、物理学者であり随筆家としても高名な寺田寅彦は、地震、噴火や火事などの災害に関連してそこで起きていた現象を注意深く観察し、自然に起因する要因と人間に起因する要因とにわけて分析し、数多くの示唆に富む文章と警句を残している。寺田はいまから約80年前、1933年の昭和三陸地震津波の直後、随筆「津浪と人間」のなかで当時37年前に死者不明者2万2000人を出した1896年の明治三陸地震津波の経験を踏まえ、防災に関して次のような文章を残している。
 “災害記念碑を立てて永久的警告を残してはどうかという説もあるであろう。しかし、はじめは人目に付きやすい処に立ててあるのが、道路改修、市区改正等の行われる度にあちらこちらと移されて、おしまいにはどこの山蔭の竹藪の中に埋もれないとも限らない。そういう時に若干の老人が昔の例を引いてやかましく云っても、例えば「市会議員」などというようなものは、そんなことは相手にしないであろう。そうしてその碑石が八重葎(やえむぐら)に埋もれた頃に、時分はよしと次の津浪がそろそろ準備されるであろう”。
 昭和三陸地震津波の後に多数建てられた災害記念碑は、東日本大震災のときにはどうなっていたのであろうか?昭和津波のときと今回の津波のとき、同じようなことが繰り返されていたのではないだろうか。
 結局、寺田は今後の防災のためには、次のように初中等教育で科学教育を充実することがとくに重要であると主張している。
 “それで日本国民のこれら災害に関する科学知識の水準をずっと高めることが出来れば、その時にはじめて天災の予防が可能になるであろうと思われる。この水準を高めるには何よりも先ず、普通教育で、もっと立入った地震津浪の知識を授ける必要がある”。
 言うまでもないことだが、彼の言う“地震津浪の知識を授ける”とは単にそれらの知識の断片だけではなく、一連の学習を通して必要な事態に合理的な判断を下す能力、現在で言う科学リテラシーの向上を指していることは明らかであった。
 1905年に、今後50年以内に東京で大地震が発生することを警告し、実際に1923年に関東地震(関東大震災)の発生を予知したことで知られている今村明恒東大教授も、1947年、上記に相通ずることを述べている。
 “凡そ天災は忘れたころに来ると言われている。併し忘れないだけで天災は防げるものでもなく、避けられるものでもない。要は、これを防備することである。余は年々の梧陵祭が形式に堕することのないよう希望してやまないのである”。梧陵祭とは1854年の安政地震津波の来襲時、現在の和歌山県の広川町で自らの稲むらに火を放って村人を救った浜口梧陵の偉業“稲むらの火”を記念して行われている祭りである。
 いまも建てられつつある東日本大震災の記念碑や記念施設、さらに記念行事は将来どう取り扱われるのであろうか?とても気になることである。美しい庭園、施設や見栄えの良い記念碑は、いまの被災者の心を慰めるものとして意義があるとは考えるが、将来の子どもや人々の命を守るためには、学校教育や社会教育で科学リテラシーの向上に、より多くの力を注ぐべきなのではないかと考えている。(「おわりに」より抜粋)

目次

はじめに
 私と東日本大震災
 災害遺産と本書の目的
 著者プロフィール

第1章 災害遺産の記載とジオストーリー
 1.1 気仙沼市内の脇地区(内の脇1丁目)
    津波火災と同時に震災時とくに危険視されている火災旋風も発生していた
 1.2 気仙沼市波路上地区(杉之下高台・気仙沼向洋高校)
    “杉ノ下高台の悲劇”発生と向洋高校生らの緊急避難成功の理由
 1.3 南三陸町志津川地区(防災対策庁舎・高野会館)
    津波防災の視点で志津川の公共施設における立地と避難問題を考える
 1.4 南三陸町戸倉地区(戸倉小学校・五十鈴神社)
    災害軽減における十分な事前準備と柔軟な判断の重要性
 1.5 石巻市釜谷地区(大川小学校旧校舎・裏山)
    “大川小学校の悲劇”で思う科学リテラシー向上の重要性
 1.6 石巻市鮫浦地区(鮫浦湾)
    三陸沿岸で最大規模の引き波にみる津波のダイナミクス
 1.7 石巻市鮎川地区(金華山瀬戸)
    津波と海割れの伝説
 1.8 石巻市日和山・門脇地区(日和山公園・門脇小学校)
    日和山と門脇町とのはざまで起きていた津波、火災と人との壮絶な戦い
 1.9 女川町女川浜地区(女川交番・清水町)
    ときに荒ぶる海との共生を目指した大震災からの復興
 1.10 東松島市大曲浜地区(大曲浜新橋)
     同じ浸水深で比較した場合の異常な犠牲者数とグリッドロック現象
 1.11 東松島市浜市地区(浜市小学校・石上神社・落堀)
     3.11津波による大規模浸食痕、地区を襲った昔の津波の記憶
 1.12 東松島市野蒜地区(野蒜駅・野蒜小・不老園)
     野蒜において津波からの避難問題を考える―身近な地形の知識が身を守る
 1.13 塩釜市海岸通地区(千賀の浦緑地)
     奈良時代からの港町“塩竈”を襲う津波と古地理
 1.14 塩釜市浦戸地区(寒風沢島など)
     日本三景松島を守った天然防潮堤
 1.15 七ヶ浜町菖蒲田浜地区(鼻節神社・招又)
     大津波伝説、避難場所と避難ルートの課題
 1.16 多賀城市八幡地区(末の松山・沖の石)
     古文書、和歌や伝説に残された過去の大津波と3.11大津波
 1.17 仙台市若林区荒井地区(仙台東部道路避難階段)
     津波の地質記録と防災
 1.18 仙台市若林区霞目地区(浪分神社)
     津波災害の伝承
 1.19 仙台市若林区荒浜地区(旧荒浜小学校)
     荒浜地区の歴史津波による被災と引き波による砂浜の切断
 1.20 山元町坂元中浜地区(中浜小学校・津波湾)
     中浜小学校における津波からの避難対応と津波湾の形成を考える
 1.21 山元町坂元磯地区(水神沼)
     伝説や堆積物をもとに災害の歴史と予測の可能性を考える

第2章 地震の基礎科学
 2.1 東日本大震災を引き起こした巨大地震
 2.2 巨大地震が起こるわけ
 2.3 将来発生する可能性のある地震

第3章 津波の基礎科学
 3.1 津波とは
 3.2 津波の高さ
 3.3 海底地震による津波発生のメカニズム
 3.4 津波の性質

おわりに

プロフィール

谷口 宏充(たにぐち ひろみつ)
 東北大学大学院理学研究科博士課程修了(理学博士)
 大阪府教育委員会科学教育センター 研究員・主任研究員(1974~1997)
 東北大学東北アジア研究センター 教授(1997~2008)
 東北大学名誉教授

菅原 大助(すがわら だいすけ)
 東北大学大学院理学研究科博士課程修了(理学博士)
 東北大学災害科学国際研究所(2012~2015)
 ふじのくに地球環境史ミュージアム 准教授
 博士(理学)(2006年東北大学)

植木 貞人(うえき さだと)
 東北大学大学院理学研究科博士課程中退
 東北大学大学院理学研究科附属地震・火山噴火予知研究観測センター 助手・准教授(1974~2013)
 博士(理学)(1992年東北大学)