号丸譚

―心震わす船のものがたり

木原知己 著

日本海事新聞に2014年から3年にわたり掲載された「号丸譚―こころ震わす船の事件簿」を加筆・修正して一冊にまとめた。「船」をテーマに、先人たちの様々なものがたりを紹介する。著者が日本各地を取材した際に撮影した写真を豊富に掲載、旅行ガイドブックとしての側面も持つ。

書籍データ

発行年月 2018年6月
判型 四六
ページ数 240ページ
定価 1,760円(税込)
ISBNコード 978-4-303-63423-0

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概要

 大航海時代(Age of Great Navigations(一五世紀~一七世紀前半))はスペイン、ポルトガルなどの欧州人によって新航路や新大陸が発見された時代であり、その航海はキリスト教の布教もさることながら胡椒をはじめとする香辛料や金・銀などを求めたものでした―この大航海時代というとらえ方自体西洋を中心とした史観であり、たとえば、一四〇五年、明帝国(一三六八年建国)の永楽帝は威信を誇示すべく(朝貢貿易を拡大する意図で)鄭和(一三七一~一四三四)に命じて西方海域の大掛かりな探索を行い、その船団の規模や旗艦の大きさはのちのヴァスコ・ダ・ガマ(一四六〇~一五二四)のそれをはるかに凌駕していた―。
 スペインとポルトガルはアジアの海をめざして覇を競い、一四九四年、ローマ教皇に頼ってトルデシリャス条約を締結するに至りました。このとき、スペイン女王イサベル一世の支援を受けたコロンブス(一四五一~一五〇六)がすでに新大陸を発見(一四九二年)しており、トルデシリャス条約締結ののちスペインは西進政策を強力に推し進め、ヌエバ・エスパーニャ(現在のメキシコほか)を建国し、マゼラン(一四八〇~一五二一)が世界一周を果たしました―マゼラン自身はマクタン島でラプラプ王との戦いで戦死―。一五七一年、マニラに拠点を移してガレオン貿易(一九世紀初頭まで)で巨利をもくろみ、その流れのなかで、一五八四年、平戸に来航し、一六〇九年、マニラを出た一隻のガレオン船が千葉県房総半島太平洋岸の御宿岩和田に漂着しました(第1話参照)。
 一方、ポルトガルはというと、国王マヌエル一世の命でヴァスコ・ダ・ガマが喜望峰廻りのインド航路を開拓(一四九八年)するやインド西海岸のゴアを首都とするポルトガル領インドを建国し、さらに東方をめざしました。そして、それは、寧波辺りを商域としていた後期倭寇(王直)と荒くれ者のポルトガル人が手を組む要因となり、のちに種子島漂着(一五四三年の鉄砲伝来(=西洋による「日本発見」)、「種子島開発総合センター(鉄砲館)見学記」参照)、ザビエルの鹿児島来訪(一五四九年)へとつながっていきます。
 まさに、「日本の歴史は世界の歴史との兼ね合いで読み解かなければならない」という気がします。
 さて、本書『号丸譚』ですが、耳目に触れて深く感動し、ときに落涙し、ときに笑い、温かく癒される、そんな「船」にまつわる物語を紹介しています。わたしは以前、日刊「日本海事新聞」に「波濤列伝」と題し、幕末・明治期に船で海外に渡った先人たちの話を連載しました―二〇一三年、『波濤列伝』として海文堂出版から出版―。そのときは、漂流、密航、留学、商売など、海外に渡ったいろいろな先人が居たものだと改めて痛感しました。それぞれにおもしろく、生まれ在所などを訪ね歩き、自伝や評伝などを読みすすめていくうち、あまり知らなかった人物がどんどんつながっていくのが望外の楽しみでした。一〇話ほどで終わるだろうと考えていたのですが、思いがけず多くの材料とめぐり合い、連載は想定をはるかに超えて長く続きました。三年にわたる連載を終え、つぎのテーマは何にしようかと考えあぐねていたとき、ふと、つぎは「船」そのものをテーマにしよう、サブタイトルとして「心震わす船のものがたり」はどうだろうか、と思い至りました。幕末・明治期に海外に渡った先人たちを運んだのは言うまでもなく船であり、船そのものに興味が移るのは必然だったのかもしれません。広大な海を航海する船は優麗なる姿を洋上にさらし、人や貨物だけでなく、乗り合わせた人々の夢、思想や知識―不世出の物理学者、A・アインシュタイン(一八七九~一九五五)がノーベル賞受賞を知ったのは、一九二二年一一月一〇日、日本郵船の「北野丸」の船上でのことだった―、ときとして人生までも運び、海難事故の当事者であり、生き証人でもあります。テレビアニメ「ONE PIECE」(尾田栄一郎作)のテレビスペシャル版「エピソード・オブ・メリー号―もうひとりの仲間の物語」を視たのも影響したかもしれません。ご存知の方も多いかもしれませんが、メリー号は海賊王をめざすモンキー・D・ルフィーとその仲間が乗る海賊船で、正確には「ゴーイング・メリー号」(GOING MERRY)と言います。ルフィー率いる海賊一味と航海を共にし、「そろそろ眠らせてやろう」という声が出るほどにぼろぼろになった「ゴーイング・メリー号」ですが、ルフィーたちが絶体絶命の淵に立たされたとき、有能な船大工の手によってよみがえり、仲間を救出するためひとり海に漕ぎ出るのです。「これが最後の航海」、と意を決し…。メリー号の熱い思いに心が震え、おもわず涙が込み上げてきました。
 いずれにせよ、わたしは「船」にまつわる心震わす話を集めてみようと思いつき、二〇一四年年初、その唐突な発意は「号丸譚」というタイトルで現実に動き出しました。タイトル名は、なぜかすぐに思いつきました。「号丸」は外国の船名を表すときによく使われる「号」と日本の船名に多く用いられる「丸」の合成語で、船を総称するためのわたしの造語であり、ほんの遊び心です。そして、この度、三年にわたる連載を終え、海文堂出版のご厚意で一冊の本にまとめることになりました。
 いま原稿を加筆修正しつつ、船にまつわる話もいろいろあったものだと改めて思っています。もちろん、本書が船にまつわる物語を網羅できようはずもありません。読者の方には、本書をほかの感動譚を聞き出す縁にしていただければ存外の喜びです。(「プロローグ」より)

目次

第1話 サン・フランシスコ号の漂着
 命をつないだ海女の温もり

第2話 永住丸の漂流

第3話 奴隷船のはなし

第4話 捕鯨船エセックス号の惨劇

第5話 尾州廻船宝順丸の漂流
 「にっぽん音吉」ものがたり

第6話 ディアナ号の大津波罹災
 こころ温まる日露のきずな

第7話 エルトゥールル号の遭難
 トルコと日本のこころ温まる交情

第8話 鉄砲伝来の地の漂着譚

第9話 伊呂波(いろは)丸と明光丸の衝突
 日本最初の蒸気船同士の衝突事故

第10話 幕府軍艦開陽丸の最期

第11話 マリア・ルス号事件
 世界が称賛した日本最初の国際裁判

第12話 「船」で紡ぐジョン万次郎の生涯

第13話 月島丸は何処へ
 消えた商船学校練習船

第14話 練習船海王丸の航跡
 多くの実習生を乗せた帆船

第15話 信濃丸の回顧録

第16話 常陸丸事件
 通商破壊の犠牲となった商船

第17話 丹後丸―船舶無線電信の嚆矢

第18話 博愛丸の流転
 「洋上の天使」の悲しい最期

第19話 第6号潜水艇の遭難
 全員が職分を守り、息絶えた…

第20話 「桜咲く国」の船団
 ポーランド孤児を運んだ人道の船たち

第21話 HELP JAPAN!
 善意をはこんでくれた米国艦隊

第22話 幽霊漁船良栄丸
 遺書に込められた船長の家族愛

第23話 駆逐艦雷が救った命
 戦場でみせた“武士道〟

第24話 阿波丸殉難
 米国潜水艦に沈められた商船

第25話 樺太引揚三船殉難事件
 もしかしたら、横綱大鵬は誕生しなかった???

第26話 海洋調査船第五海洋丸の殉職
 海底火山噴火調査の犠牲になった三一人

第27話 洞爺丸の遭難
 世界海難史に刻まれる大惨事

第28話 紫雲丸の悲劇
 多くの児童の命を奪った宇高連絡船

第29話 だんぴあ丸の勇気
 「魔の海」に挑んだ海の男たち

第30話 エクソン・ヴァルデス号事件
 OPA90(米国連邦油濁損害賠償法)が制定されるきっかけとなった油濁事故


  コラム:歓迎・メキシコ海軍練習帆船クアウテモック号
  コラム:海女のこと
  コラム:多くの船を呑み込んだ熊野灘
  コラム:種子島開発総合センター(鉄砲館)見学
  コラム:江差・松前取材旅行記
  コラム:ジョン万次郎ふるさと紀行
  コラム:ハワイの地を最初に踏んだ日本人
  コラム:蝦夷地と大坂を結んだ西廻り航路
  コラム:東郷平八郎元帥と宗像大社
  コラム:ENGLAND EXPECTS THAT EVERY MAN WILL DO HIS DUTY.
  コラム:横須賀製鉄所物語
  コラム:与論のサバニ(鱶舟)―“南海の海運王〟の船出
  コラム:もうひとつの阿波丸
  コラム:南極探検―アムンゼンとスコット
  コラム:タイタニック号惨劇における「心震わすものがたり」
  コラム:多くの船が行き交った函館
  コラム:元寇(蒙古襲来)
  コラム:建築家を刺激した船の群像―たとえば、ル・コルビュジエの場合