安全を支える組織力

―組織行動学の視点から

多業種交流組織行動学研究会 著

NPO失敗学会組織行動分科会の有志がこれまでの研究成果をまとめたもの。産業界の実に多くの業種で安全推進業務を担当してきた実務経験者が、「安全を守るためには、いかに組織の意思決定力が重要か」を、震災、情報システムのダウン、原子力施設の事故、院内感染、化学工業関連の事件ほかの豊富な事例とともに解説する。

書籍データ

発行年月 2013年5月
判型 四六
ページ数 208ページ
定価 本体1,500円+税
ISBNコード 978-4-303-73128-1

amazon 7net

概要

 2002年11月8日NPO失敗学会設立、同年12月に第1回大会を開催し、畑村会長の知名度からメディアの報道するところとなり、大勢の会員が参集し、入会した。
 「失敗学会」に集まった有志が、翌年の2003年に7回ほど開催された研究発表会を通じて、共通の関心事として「組織の意思決定プロセス」に注目が集まった。誰かがとくに提案したわけでもなく自然に当時頻発した事故例・不祥事例などを題材に、「組織行動のメカニズム」を研究する機運が盛り上がった。
 当時のメンバーの所属分野は多彩で、正に「異業種交流」そのものであった。さまざまな視点から同一の事例を議論するには十分なメンバー構成であった。会議室を提供してくれる会員が現れて、意外に円滑に第1回の組織行動勉強会を東京・銀座で開催することができた。
 その席上で、失敗学会の定款によれば「分科会」を置くことができるとの提言があり、分科会設立申請の提出が決まった。直ちに有志数名による献身的な申請準備を展開し、失敗学会事務局長を通じて理事会に提出した。
 分科会設立申請は、理事会からも歓迎を受けて円滑に受理された。このような経過を経て2004年1月6日、失敗学会第1号の「組織行動分科会」が正式に発足した。このときのメンバーは18名であったと記憶している。
 設立と同時に活発な活動が始まり、事例研究が展開された。1999年以来それまでに発生していた大事故例の事故調査結果が公表されていたが、いま一つ必ずしもポイントを突いていないという印象が持たれていた。たとえば、JCO臨界事故、雪印食中毒事故、美浜発電所3号機配管破損事故、横浜市立大学附属病院手術患者取り違え医療事故などであった。さすがにこの頃には、ヒューマンファクターズの視点から問題点を指摘する傾向は現れ始めていたものの、その背後に潜む「組織の意思決定プロセス」に関しては、ほとんど触れられていなかった。
 そこで、メンバーたちは事故分析手法に関する関心を示した。はじめに、起こった事象を正確に把握するために「M-SHELモデル」をツールとして調査する提案があった。多くの社会システムは、そこで活躍する当事者(Live ware)を中心に、それを取り囲むようにSoftware(規程や手順書)、Hardware(設備や機材など)、Environment(環境)、そして他のLive ware(チームメイトや関係者など)、さらにそれらを取り巻くManagement(組織的管理要因)などとの接点にどのような問題が潜んでいたのかを詳しく把握することから始めた。
 事実関係の把握ができると、それらをヒューマンファクターズの視点から分析することによって、組織としての意思決定プロセスにどのような問題があったのかを究明しようということになった。ところが、当時一般的に用いられていた分析手法では、求める問題点が明らかにならないことが指摘されて、新しい分析手法である「VTA(Variation Tree Analysis)」を用いようという提案があり、試行することとなった。当時中央労働災害防止協会から出版したばかりの『事故は、なぜ繰り返されるのか』という拙著に白羽の矢が立てられたのであった。
 この手法を用いて、当時有名になっていた「核燃料工場における臨界事故」を詳細に分析した。その結果、事故防止のために準備されていたさまざまな防護壁が見事なほど突き破られてしまい、前代未聞の恐ろしい放射線事故となり、多くの周辺住民に避難命令が発せられる事態となったことが整理できた。このときジェームス・リーズンの「スイスチーズ・モデル」の発想を準用した。このような分析結果から、組織の意思決定過程におけるさまざまな問題点を明らかにすることができて、失敗学をベースとした新しい「組織行動学」へと一歩近づくことができた。
 これは、さまざまな分野で永年にわたって実務経験を積まれた分科会員たちが広範な視点から分析作業に参画し、知恵を提供し合って実施した研究成果として、失敗学会年次大会でも発表された。メンバーの出身企業の分野は多岐にわたり、企業規模も多彩であった。「異業種交流」というキーワードをしばしば耳にするが、これはまさに「多業種交流」であった。しかも経営者や管理者としての実務経験に裏付けられた豊富な知識と感覚を駆使した議論はやがて、お茶の水大学、明治大学、江戸川大学などの公開講座を担当するところまで発展した。
 研究成果を世に問うことによって、さらに奥深い研究への意欲を刺激することとなり、さまざまな視点から組織行動学に関する問題点を抽出し、その原因と背後要因を検討する機運がますます高まることとなった。
 しだいに研究の視点を模索するようになり、近年ではVTA、M-SHEL、CRM(Crew Resource Management)などの分析手法や新しい訓練の発想法を用いて、対象事象を理解し分析するアプローチの手法を模索する研究に至っている。
 そこで、これまでの研究の方法論ならびにその結果について、中間報告として社会に発信してご批判を乞うこととなった。しかし、NPO失敗学会組織行動分科会として発信するための議論が必ずしも進んでいないことなどの事情から、現時点で執筆に参加できる「有志」の範囲で、それぞれの研究成果を執筆することとなり、臨時に「組織行動学研究会」という執筆者グループを編成した。
 必ずしも論旨が首尾一貫していない場面や、個々のメンバーの研究成果を持ち寄っているだけに連続性を欠く場面も出てくることが予想されるが、現時点での研究成果をまとめて発信し、議論を広めていくことの意義を重視した。
 組織行動の理想的な姿を求めて議論を展開する我々の研究に関心を寄せていただき、アドバイスをいただけたら幸甚である。
 組織行動学研究会代表 石橋 明(「はじめに」より)

目次

第1章 組織行動学の視点
 1 組織行動学とは
 2 事故の捉え方の変遷
 3 組織行動学の台頭
 4 組織行動学へのアプローチ
 5 結論

第2章 社会的出来事と組織の意思決定
 1 事故と事件、不祥事の違い
 2 物事の意思決定
 3 津波と原発事故
 4 柔軟な意思決定プロセス

第3章 事例研究
 1 リスク&クライシス・コミュニケーション
 2 CRMと内部統制とトヨタ生産方式
 3 ITとCRM
 4 クラウドサービスの障害から学ぶ
 5 「推理シナリオ法」による事故からの学び方
 6 原子力施設特有の事故対策問題
 7 院内感染
 8 日本の規制、海外の規制
 9 新規技術導入におけるゴーエラー

第4章 今後の組織行動学研究の展開

プロフィール

出版委員(五十音順)
天野 舞子(建築/システム)
綾部 豊樹(電機・通信)
石橋  明(運輸・安全コンサルタント/(株)安全マネジメント研究所代表取締役)
宇於崎裕美(広報コンサルタント/(有)エンカツ社代表取締役社長)
大橋 光三(電機/元内部監査)
小澤 佳彦(教育・機械・情報/安全衛生)
加藤  豊(建築環境コンサルタント/(株)ゆたか技術士事務所代表取締役)
川路 明人(医療/薬剤師)
近藤 哲生(情報・通信/組織マネジメントコンサルタント/(有)ウィンアンドウィン代表取締役)
高杉 和徳(電機/製品安全コンサルタント)
田辺 和光(食品)
二平 雄二(分析/品質保証)
茂木  真(食品/商品開発)