モデルベースモニタリングと統計的制御

大津皓平 著

日本船舶海洋工学会賞受賞(2014年度)
不規則な海洋波の上でダイナミックに動揺する船の運動のリアルタイムデータから、客観的な規準を用い統計モデルを作り、そのモデルが指し示す船体、機関の運動の情報を、船を運航する航海者や陸上で管理する者にリアルに知らせるモデルベースのモニタリングシステムを設計し得られた結果を解析する理論、およびこのように同定された統計モデルに基づき不規則な海洋波上で動揺する船の針路を目的方向に向かわせる自動操舵システム(Autopilot System)、舶用機関のガバナによる回転数制御に応用する方法について、実例を示しながら解説する。

書籍データ

発行年月 2012年12月
判型 A5
ページ数 408ページ
定価 5,280円(税込)
ISBNコード 978-4-303-52750-1

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概要

 ギリシャ語で「舵をとる人」は、サイバネティクス(Cybernetics)と言う。このサイバネティクスを学問として創始したノーバート・ウィナーが「The Extrapolation、Interpolation and Smoothing of Stationary Time Series」を書いたのは、著者の生まれる1年前の1942年であった。この本は難解なことから、カバーの色をとって、専門家の間でひそかに“黄禍”と呼ばれるほどであったが、海洋波のような不規則な現象を、時間的、空間的な相関的な流れの中で統計的に解析できるようになった。
 それから30年後、我々研究者が通称「赤い本」と呼ぶ赤池弘次博士の著書『ダイナミックシステムの統計的解析と制御』が世に出た。この本により、時間領域で時系列の統計モデルを作る最小AIC法(Minimum AIC Estimation)と呼ばれる合理的な方法が確立し、不規則現象の統計的解析、制御の分野においてこの本の応用範囲が世界的に広がってきた。
 本書は、このような流れの中で、著者が長年行ってきた不規則な海洋波の上でダイナミックに動揺する船の運動のリアルタイムデータから、客観的な規準を用い統計モデルを作り、そのモデルが指し示す船体、機関の運動の情報を、船を運航する航海者や陸上で管理する者にリアルに知らせるモデルベースのモニタリングシステムを設計し得られた結果を解析する理論、およびこのように同定された統計モデルに基づき不規則な海洋波上で動揺する船の針路を目的方向に向かわせる自動操舵システム(Autopilot System)、舶用機関のガバナによる回転数制御に応用する方法について、実例を示しながら解説することを目的とする。
 海洋波のような不規則現象を扱う場合、本書で述べている統計的な方法は重要にも関わらず、船舶、海事工学などを学ぶ多くの人々の間で十分な市民権を得ている方法ではなく、どちらかというとニュートン力学的アプローチの補助的な役割に甘んじている。しかし著者の経験によると、本書で述べている統計的方法は、極めて強い不規則な外乱の中で格闘する現場の技術者に対して、その現象の理解と制御の方法について豊富で新しい知の発見をリアルにもたらす主体的方法であると確信している。折しも最近の国際海事機構(IMO)などの動きから見ると船舶の安全性の向上に加え、船舶の地球に与える環境負荷の軽減のため、船舶の運航をリアルに扱える方法の必要性が高まっており、今後ますますここで用いる統計的方法の必要性は高まると考えている。
 しかしながら、この分野を理解するためには、現象の確実な観察とともに線形代数、フーリエ解析に関する数学的知識、統計学、時系列理論、現代制御理論、信号処理論、情報科学などの基本的知識が必要であり、これらの分野について一通りの知識を得るには多くの時間を費やす必要がある。本書では、このように多岐にわたる分野の基本的知識を、線形代数、解析学の基本的演算知識以外に、あまり他の本を参照せずとも理解できるように、基礎的な部分から丁寧に解説を試みた。(「まえがき」より抜粋)

目次

 第1章 序章
  1.1 はじめに
  1.2 海洋波中における船体・機関運動
  1.3 船体・機関運動のモニタリングの必要性と具備要件
  1.4 これまでの船体・機関運動の予測に関する研究方法
  1.5 船体・機関運動解析における統計モデルの重要性
  1.6 本書の目的と構成

第1編 スペクトラムの概念とその推定法
 第2章 相関関数とスペクトラム
  2.1 時系列の見方
  2.2 相関関数の概念
  2.3 フーリエ級数と時系列解析
 第3章 フーリエ変換とその性質
  3.1 フーリエ変換の定義
  3.2 よく使われる関数のフーリエ変換
  3.3 フーリエ変換の性質
  3.4 ラプラス変換
 第4章 スペクトラムの統計的推定
  4.1 確率過程論からの再検討
  4.2 ピリオドグラム、相関関数、スペクトラムの統計的性質
  4.3 スペクトラム推定法の実際
  4.4 船体運動スペクトラムの例
 第5章 線形システムの解析
  5.1 システム解析においてよく使われる入力モデル
  5.2 フーリエ変換と周波数応答関数、インパルス応答関数
  5.3 線形システムの定常性
  5.4 1次系操縦運動方程式
  5.5 2次系システムと船の動揺運動方程式
 第6章 クロススペクトラムによる波浪中の船体・機関運動の解析
  6.1 相互相関関数とクロススペクトラム
  6.2 線形システム解析とクロススペクトラム解析
  6.3 多入力システムのスペクトラム解析
  6.4 線形多入力システムの推定法
  6.5 周波数応答関数、コヒーレンシー関数の実例

第2編 時系列統計モデルの応用
 第7章 連続時系列と離散時系列
  7.1 時系列のサンプリング
  7.2 離散フーリエ変換
  7.3 z変換
  7.4 低次元の離散型自己回帰モデル
  7.5 状態空間モデルの離散化
 第8章 自己回帰モデルによる船体・機関運動の解析
  8.1 時系列の離散時間領域における統計モデル
  8.2 自己回帰モデル
  8.3 自己回帰モデルの推定
  8.4 自己回帰モデルの逐次的な推定法
  8.5 自己回帰モデルによる船体運動時系列の解析
  付録A:情報量規準AIC
  付録B:Levinson-Durbin法の証明
 第9章 ゆっくりと変化する船体・機関運動のモニタリング
  9.1 ハウスホルダー変換法と時系列モデルの推定
  9.2 局所定常時系列モデルの推定法
  9.3 局所定常時系列法を用いた横揺れ・縦揺れバッチデータの解析
  9.4 モニタリングシステムへの応用
 第10章 時系列の状態空間モデルによる船体・機関運動の解析と予測
  10.1 状態空間法とは
  10.2 時系列モデルの状態空間表現
  10.3 尤度計算におけるカルマンフィルタの利用
  10.4 応用
 第11章 トレンド、季節調整モデルの推定および時変スペクトラム
  11.1 トレンドモデル
  11.2 季節調整モデル
  11.3 時系列の分解の例
  11.4 時変スペクトル
  付録:非線形計画法による最適化計算
 第12章 船体・機関運動時系列の分類
  12.1 カルバック・ライブラー情報量とダイバージェンス
  12.2 ARモデルにおけるKL情報量
  12.3 KL情報量によるクラスタリング
  12.4 あるRoRo船の横揺れと縦揺れデータの階層的クラスタリングの例
 第13章 海上の時系列波形の陸上におけるシミュレーション
  13.1 時系列のシミュレーション
  13.2 正規乱数の発生
  13.3 シミュレーションの例
 第14章 多次元自己回帰モデルと船体・機関運動の統計的解析
  14.1 多次元自己回帰モデル
  14.2 多次元自己回帰モデルのパラメータ推定法
  14.3 多次元自己回帰モデルによるシステム解析法
  14.4 多次元自己回帰モデルによる船体・機関運動時系列の解析
  14.5 船体・機関運動系のモニタリング
 第15章 統計モデルによる船の最適制御
  15.1 オートパイロットの開発とその問題点
  15.2 制御型自己回帰モデルによる表現と状態空間表現
  15.3 最適制御則
  15.4 自己回帰型最適自動操舵システムの設計
  15.5 外乱適応型オートパイロットの設計
  15.6 舵減揺型自動操舵システムの設計
  15.7 主機関ガバナシステムの設計
  15.8 トラッキング(航路追跡)システムの設計

第3編 理解を深めるために
 第16章 操縦・動揺・推進理論概説
  16.1 船の操縦運動方程式
  16.2 推進性能
  16.3 船舶の動揺に関する運動方程式
 第17章 確率の基礎
  17.1 確率論の基礎
  17.2 条件付き確率、ベイズの定理
  17.3 基本分布
  17.4 変数の変換
  17.5 カイ2乗分布とレイリー分布
  17.6 多変数の分布
 第18章 カルマンフィルタ
  18.1 航法計算とカルマンフィルタ
  18.2 最良の推定
  18.3 時系列の観測過程の線形最小2乗推定
  18.4 カルマンフィルタ
 第19章 統計的最適制御理論
  19.1 最適制御理論を理解するための準備
  19.2 線形システムの最適制御法