数理的感性工学の基礎

―感性商品開発へのアプローチ

長沢伸也・神田太樹 共編

日本感性工学会感性商品研究部会が、感性工学の発展に寄与すべく、感性商品開発に携わる実務家ならびに感性工学研究者の必読書として企画。感性評価の概要、心理物理学、SD法と主成分分析、ニューラルネットワーク、GA、ラフ集合、AHPといった感性工学で用いられる数理的手法の解説と感性工学への適用例から構成されている。

書籍データ

発行年月 2010年9月
判型 A5
ページ数 160ページ
定価 2,420円(税込)
ISBNコード 978-4-303-72394-1

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概要

 本書は、1999年に日本感性工学会設立と同時に発足して、現在約90名の部会員を擁し、これまで40回の研究会開催、部会報の発行や本の出版、日本感性工学会論文誌・学会誌の特集企画、国際会議や日本感性工学会大会・春季大会における企画セッションの開催など、発足後10年にわたり活発に活動している感性商品研究部会が、感性工学の発展に寄与すべく企画したものである。
 感性工学が、Kansei Engineeringという名称で国際的に登場したのは1980年代後半で、歴史的にはできたばかりの学問分野である。しかし、感性工学の起源を考えてみると古代にまでさかのぼる。ギリシャの哲学者アリストテレス(Aristotle、384~322BC)は、紀元前350年頃に視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚を区別し、伝統的な五感として定めた。感性工学では、人間の五感だけを扱うのではなく、人間は、五感の他、平衡感覚、内臓感覚、深部感覚といった体感を含めいろいろな感覚を総動員してさまざまな感じ方をするという前提で感性の分析・評価をする必要があり、アリストテレスの行った区別は感性工学にとって十分なものとは言えないが、この時代にこのような感覚モダリティ(sensory modality)が定義されたことは画期的であったと言える。
 感性工学において、さまざまな感性へのアプローチが行われているが、数理的なアプローチも有用である。感性の数理的アプローチという観点から言うと、ドイツの哲学者、心理学者で、内科医でもあったフェヒナー(G. T. Fechner、1801~1897)が1860年に出版した著書『精神物理学』の中で、物理的事象(刺激)とそれに対応する心理的事象(反応をもたらす内的過程の結果)との間の数量的関係を研究する科学として精神物理学を提唱した頃には、感性への数理的アプローチはすでに始まっていたと考えられる。フェヒナーは、物理量と人間の心理量は単純な関数関係ではないと考え、フェヒナーの法則と呼ばれる対数法則を提案したが、フェヒナーが提唱した精神物理学は感覚に限定されているものの、現在では感性工学研究者の間での共通認識と言える「感性の非線形性」に対応した思想と考えることができる。フェヒナーが精神物理学において扱った感覚と感性工学における感性は、非線形性という共通の性質を持つのに対し、感覚と感性の違いの1つは、感性が非線形性とともに階層性を持つことをあげることができる。感性の階層性については、第7章「AHPの感性工学的モデル化へのアプローチ」で触れている。
 本書のサブタイトルにある「感性商品」とは、評価が感性品質に依存する商品と定義できる。では、そもそも感性とは何か? 多くの感性工学研究者は、これについてのさまざまな定義や説明を行っているが、感性の解釈の仕方の1つとして、「人の心の動きを包括的に表現する言葉」と解釈することができる。このように感性を解釈した場合、科学の基盤には数学があるが、さて、心の科学には何があるか? 実体を持たない心をどのように科学の対象にするかという科学方法論として、「感性の数理的アプローチ」というものが考えられる。では、解に合理的に収束するのが科学であるのに対し、感性の数理的アプローチとはどのようなものであろうか? 感性工学の関連分野の1つとして人間工学をあげることができるが、人間工学と感性工学の対比としては、人間工学が、人間の機能はどのようなものであるか、あるいは、人間はどのような感じ方をするかということを研究する記述的な学問分野と考えると、感性工学は、たとえば売れる商品を作るという目的を消費者の感性を考慮してどのように達成するかを研究する問題解決型の学問分野と考えることができる。本書は、このような考えに基づいた感性工学による感性商品開発に携わる方々をはじめ、感性工学初学者から感性工学実務者・研究者の必読書として、第1章では感性評価の概要について述べ、第2章では心理物理学、第3章ではSD法と主成分分析、第4章ではニューラルネットワーク、第5章ではGA、第6章ではラフ集合、第7章ではAHPといった感性工学で用いられる数理的手法の解説と感性工学への適用例により構成されている。
 本書が多くの読者の方々に感性の数理的アプローチに取り組むきっかけを提供し、さまざまな優れた感性商品を世に生み出す一助になれば幸甚である。(「本書について」より)

目次

第1章 感性評価
 1.1 感性評価とは
 1.2 感性評価の意味
 1.3 感性評価の特徴
 1.4 官能評価・感性評価データの特質と統計的方法
 1.5 一対比較法
 1.6 多変量データ解析
 1.7 おわりに

第2章 心理物理学の手法
 2.1 感性を測る
 2.2 ものさしの種類
 2.3 フェヒナーの心理物理学
 2.4 スティーブンスの心理物理学
 2.5 感性の時間的変化
 2.6 心理物理学の応用

第3章 感性工学手法としてのSD法と主成分分析
 3.1 はじめに
 3.2 SD法の手順
 3.3 SD法のデータ解析
 3.4 おわりに

第4章 ニューラルネットワークと感性評価モデル
 4.1 はじめに
 4.2 脳とニューロン
 4.3 ニューロンモデル
 4.4 学習則
 4.5 単純パーセプトロン
 4.6 誤差逆伝搬法(バックプロパゲーション:BP)
 4.7 バナー広告感性評価モデルの構築
 4.8 ニューラルネットワークのフリーソフトの紹介
 4.9 おわりに

第5章 GAと感性評価を用いた商品設計支援
 5.1 はじめに
 5.2 遺伝的アルゴリズム
 5.3 多目的最適化問題へのGAの適用
 5.4 多目的GAによる観光コース設計支援システム
 5.5 おわりに

第6章 ラフ集合と感性商品計画
 6.1 ラフ集合とは何か
 6.2 計算
 6.3 応用
 6.4 グレードつきラフ集合
 6.5 応用分野、考察、展望

第7章 AHPの感性工学的モデル化へのアプローチ
 7.1 はじめに
 7.2 AHPとは
 7.3 AHPの特徴と感性の数理的アプローチ
 7.4 AHP適用の現状
 7.5 AHPの手順
 7.6 AHPの評価モデル
 7.7 回答の整合性の判定
 7.8 AHPの適用例
 7.9 感性評価モデル構築へのアプローチ
 7.10 まとめ