ヒューマンエラーに基づく海洋事故

―信頼性解析とリスク評価

福地信義(九州大学名誉教授)著

人的過誤(ヒューマンエラーのみならず人により構成された組織の不全によるものも含む)に起因する海洋事故を対象として、実験・計測および数理解析に基づいて、緊張ストレス環境下における信頼性評価を行い、これをもとに事故の状態遷移について解析し、人間-機械系システムに関する安全設計のための基礎を提供する。

書籍データ

発行年月 2007年3月
判型 A5
ページ数 168ページ
定価 3,300円(税込)
ISBNコード 978-4-303-72975-2

amazon 7net

概要

 衝突、座礁、火災、油流出などの海洋事故では、安全にかかわる機能システムにおける誤知覚、誤判断、誤操作などの人的過誤(ヒューマンエラーおよび人で構成する組織の不全)に起因する事故が80~90%を占めている。これは、人工物の開発では高度の技術と機能の多様化が求められ、性能優先・機能優先を主課題とし、人的要因にかかわる課題を副次的としてきた科学技術のシワ寄せの一つでもある。人的過誤には、組織・運営の不全、システム設計の不完全さ、計装系の欠陥に誘起されて発生するものもあり、緊急時の反応行動や心理情報処理過程をも考慮した誤判断や誤操作の起こりにくい対策が不可欠である。また、事故発生後の危機回避にも人的要因を踏まえた安全な機構を構築する必要がある。ただ、安全性の確保には経済的負担を伴い、これには人命の価値観が関与して難しい判断が伴うが、何らかの負担の限度を定める必要がある。
 人的過誤に起因する信頼性(ヒューマン信頼性)問題の解決のためには、まず過去に起きた海洋事故を分析し、事故に至るまでの推移を把握して、事故につながる要因とその生起確率を把握する必要がある。次に事故防止対策の策定とその効果の予測を行い、リスク評価を行うことで解決策を決定できる。ただし、これには海洋にかかわる自然環境や運用状況を十分に踏まえることが不可欠である。とくに、船舶の設計・運用計画に関しては、運航コスト低減のための省人化・混乗化および緻密な荷役計画による輸送効率の改善が求められ、さらに積み荷の品質確保、環境保護が大きく問題視されている背景を十分に理解して当たる必要がある。
 船舶や海洋構造物の機能システムは、主に人間-機械系システムであり、人間に一定レベル以上の判断・操作能力を期待して機械との機能配分を行っているが、人間の思考・行動能力は環境負荷や仕事内容などの外部環境によって大きな影響を受ける。たとえば輻輳海域での操船は、タスクロードが大きく、疲労や緊張によって心身機能が低下して、操船能力に影響を与えることが懸念される。したがって、このような人間-機械系システムにおいては、環境負荷による心身能力の変化と事故にかかわる事象の時間経過に伴う推移を考慮したシステム信頼性評価に基づいたシステム設計が不可欠である。
 本書は、人的過誤に起因する海洋事故を対象として、緊張ストレス環境下における信頼性評価を行い、これに基づき事故の状態推移について解析し、人間-機械系システムに関する安全設計のための基礎とすることを目的としている。なお、ここで扱う人的過誤には、人的要因そのものによるエラー(ヒューマンエラー)のみならず人により構成された組織の不全に基づくものも含めて考える。ただし、信頼性解析は、解析者のその問題に対する認知の度合いにより問題の意味あいが異なる、いわゆる“悪定義問題”であり、問題の捉え方、問題分析への取り組み方、解の解釈の仕方、置かれている立場、などに依存して異なることがあるために、ここでは実験・計測および数理解析に基づいた定量的な信頼性解析とそれに伴うリスク評価を主体として説明している。
 本書の内容は以下のように構成されている。
 まず、緊張ストレス環境下における信頼性評価法として、代表的なツリー型分析法(フォールトツリー解析、イベントツリー解析、バリエーションツリー解析)について説明し、その解析特性と事故の形態に応じた適応性と問題点について述べている。
 次に、緊張ストレス環境下における心理情報処理の推移過程を考慮するために、緊急時の心理情報処理プロセスを模した数理モデルを構築して、緊張による判断・行動能力の低下およびパニック状態の生起を表現し、緊張ストレスの発現と対応能力の関係を調べ、事故の発生確率を算出している。
 さらに、緊張ストレスと人的過誤生起の関係を考慮した信頼性解析を行うために、操船中における操船者の心拍数を計測し、心電図から粗視化スペクトル法により緊張ストレス値を算出して、環境負荷による緊張ストレスの発生状態を把握している。また、衝突事故における状態推移をマルコフ過程による確率モデルを用いて推定して、事故防止のための支援システムのあり方について考察している。
 最後に、信頼性解析に基づいた事故の生起確率をある程度の精度で推定して、これにより改善すべき事象を抽出して、その対策の効果を予測する手法について述べている。この方法を避難安全システムに適用して、その有用性を知るとともに、安全システムにおけるリスク評価の手法について説明している。(「はじめに」より)

目次

第1章 事故と人的要因
 1.1 事故の構造と安全性
 1.2 人間-機械系の機能配分と信頼性
 1.3 人的過誤と信頼性

第2章 信頼性解析と問題点への対応
 2.1 フォールトツリー解析
 2.2 イベントツリー解析
 2.3 バリエーションツリー解析
 2.4 ツリー型分析法の問題点と対応策
 2.5 時系列的推移における従属変数と回復係数
 2.6 リスクと評価指数

第3章 心理情報と緊張・パニック
 3.1 パニック状態と心理情報処理モデル
 3.2 危機時の緊張度と事故生起

第4章 心拍変動による緊張ストレス計測
 4.1 心拍変動による緊張ストレスの推定
 4.2 操船時における環境ストレス

第5章 緊張下の状態推移と事故防止対策
 5.1 事故までの推移と安全対策
 5.2 液体荷役作業の緊張と自動化の効果

第6章 リスク解析
 6.1 人的要因を考慮した火災時の避難安全性
 6.2 安全システムのリスク解析手法