音声知覚の基礎

ジャック・ライアルズ 著
今富摂子・荒井隆行・菅原勉 監訳

音声の知覚や認識研究の近年の動向を平易な形で紹介し、同分野に対する概論的なパースペクティブを与えてくれる。とくに若い学徒にとって将来的な展望を与えてくれるコンパクトな概論書。音声知覚に限らず音声一般を研究対象とする音声学、言語学、心理学はもとより音響音声学、言語障害学などの講義や授業用参考書として最適。
[2009年4月、2版2刷発行]

書籍データ

発行年月 2003年10月
判型 B5
ページ数 168ページ
定価 本体2,500円+税
ISBNコード 978-4-303-61030-2

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概要

 使用する手段が何であれ、人間が意思を相手に伝えることを目的とする、いわゆるコミュニケーションの場においては、通常、意思を伝えようとする側と伝えられる側とは分けて扱われ、これら二者の間を結ぶのが音声であり、文字であり、言語であり、一般的には情報という刺激だということになっている。この情報が相手に伝えられ、理解されて初めてコミュニケーションが成立すると考える。音韻体系を含む文法体系全体が話者と聴者に共通認識として存在することが前提であり、好きだとか可愛いという情報が相手に確実に伝わることが最優先であり、情報の内容が認識された後の受け手側の感情的変化の過程はここには含まれない。すなわち、言語学や音声学では、まず話者の大脳内(運動性言語野)において心理的実体としての音声あるいは言語が意識され、神経細胞により音声器官を刺激することによって、音声が産出され空気中に伝播されていく。音声信号は空気の振動となって聴者の聴覚器官を刺激し、さらに内耳から聴神経を通って大脳内(感覚性言語野)に伝えられ、話者からの送信内容を理解する。というのが人間による意思伝達の簡単な図式であろう。話者が自ら発した音声信号をフィードバックにより、話者自らも理解するという部分も付け加えておこう。
 以上のように音声によるコミュニケーションの仕組みについては概ね(1)音声の産出に係る生理的領域、(2)音声の伝播に係る物理的領域、(3)音声の知覚、認識、理解に係る領域の3つに分けることが可能であり、多くの場合、それぞれの領域において単独的かつ専門的研究が行われている。(1)は内省可能な面も幸し、ローマ・ギリシャの昔から哲学者たちの関心を集めてきた。また、(2)はコンピュータをはじめとする電子工学的機器類の発達により本来瞬時的な現象に過ぎない空気振動を可視的な対象として捉えることが可能になり、近年最も研究が進んだ領域となっている。これらに比べ、(3)の領域は大脳の機能とそれに深く関係する心理学的な研究との協同的意味合いが強く、まだまだ未知、未開の部分が多く、これから大いに発展することが期待される領域となっている。これら3領域が有機的に作用した結果として言語によるコミュニケーションが有効になるのは言うまでもない。
 言語によるコミュニケーションに関する研究の歴史は古く、上述のように哲学、言語学、心理学、等々の分野で論じられてきた。最近は通信工学あるいは情報工学の観点から情報の伝達に関連して、1つの研究分野に留まらず、複合的な形で研究が盛んになっている。とくに、「解る」ということの哲学的な意味は別にして、音声知覚、音声認識を手始めに認知言語学や認知心理学、教育工学的な観点から、さらに最近は電子工学的解析技術を駆使した大脳生理の可視的分析を通じて「解る」の解明が日進月歩の勢いで進められている。言語学の世界では、1900年代半ばに生成変形文法の創始者として登場したNoam Chomskyの言語理論は、多くの点でそれまでの言語研究とは異なる新しい風を吹き込むものであった。言語理論に心理学的な視点が与えられ、従来ほとんど取り上げられることのなかった情報を受ける側、聴者の立場による言語研究が可能となり、要求されるようになったのである。N. Chomskyの言語理論の影響は大きく、時同じくしてコンピュータの加速的発達により、刺激あるいは情報の受け手の側からの研究が急速に進歩したのである。また、コンピュータの発達と関連のある医学、とくに大脳生理学の研究の成果が言語学や心理学の分野にも応用されることによって、受け手の心理状態がより具体的に分析され、解明されるようになってきた。
 しかし、言語の受容に係る問題解明はまだまだ端緒についたばかりと言っても過言ではないような状況にあり、今後ますます研究が深化していくことが期待される。音声の認識に関する研究論文や著作物も年々数を増してきてはいるが、いずれもが、限られた分野の、しかも研究内容にバラツキが多く、総合的な傾向を与えてくれるまでに到っていない場合が多い。その意味でJack Ryalls博士による本書はそのタイトルから入門的なレベルとして扱われがちであるが、音声の知覚や認識研究の近年の動向を平易な形で紹介し、同分野に対する概論的なパースペクティブを与えてくれるものとして貴重な存在である。とくに若い学徒にとって将来的な展望を与えてくれるコンパクトな概論書と言える。音声知覚に限らず音声一般を研究対象とする音声学、言語学、心理学はもとより音響音声学、言語障害学などの講義や授業用参考書として最適なものの1つになりうると確信する。(「監訳者のことば」より)

目次

第1章 音声とは
 母音
 子音
 共鳴音と阻害音
 母音と子音の違い

第2章 音響音声学の基礎
 基本周波数
 フォルマント周波数
 〔解説〕音源フィルタ理論

第3章 母音の知覚
 母音の知覚の基礎
 母音の正規化

第4章 子音の知覚

第5章 カテゴリー知覚(範疇知覚)
 有声開始時間の産出
 有声開始時間の知覚
 カテゴリー知覚(範疇知覚)
 〔解説〕カテゴリー知覚の定義とその性質について

第6章 音声知覚の運動理論
 音響的不変性に対する挑戦―神経運動指令
 改訂運動理論
 〔解説〕二重知覚と言語モード

第7章 弁別的素性と音声素性検出器
 弁別的素性
 音声素性検出器
 〔解説〕音声素性検出器と選択的順応
 〔解説〕音声知覚の単位

第8章 音響的不変性の理論
 音響的不変性
 音響的不変性の理論に関する補足事項

第9章 両耳分離聴
 音声に対する右耳と左耳の違い
 子音と母音の違い
 「音声」対「音楽」
 右脳、左脳、脳全体
 〔解説〕Kinsbourneの注意モデル
 〔解説〕右耳の優位性

第10章 並列分散処理モデル:ボトムアップ対トップダウン
 音と意味
 コンピュータモデル
 音声知覚のモデル化

第11章 乳児の音声知覚
 生得か学習か
 実験によって示された証拠
 乳児による母音の正規化
 〔解説〕個別言語

第12章 音声知覚の発達
 音声知覚の変化―音声から音素へ
 音声知覚への加齢の影響
 〔解説〕構音の分化

第13章 動物の音声知覚
 動物と人間の音声
 チンチラの実験から得られた証拠
 他の動物における音声知覚
 〔解説〕閾値測定法

第14章 音声知覚の障害
 成人失語症
 聴覚障害
 特異的言語発達障害