感性商品学

―感性工学の基礎と応用

長町三生 編

機能や価格、デザインなど商品を構成する属性が消費者の感性に適合したものしか売れない時代を迎えて、人の感性を科学的にとらえ、製品に導入する手法と化粧品、住宅、オフィス、乗用車、建設機械、家電製品に応用した事例で説明する。

書籍データ

発行年月 1993年9月
判型 A5
ページ数 208ページ
定価 2,860円(税込)
ISBNコード 978-4-303-72820-5

概要

 感性工学(Kansei Engineering)という言葉は、それほど耳新しい言葉ではなくなってきた。フォード社のCEOであったピーターソンに『チームワーク』という著書があるが、同書中で「新しいモデル車トーラスは感性工学の手法によってつくられた」と述べ、そのおかげで同車はよく売れたと会心の笑みを浮かべている。韓国では、韓国人間工学会が感性工学のシンポジウムをたびたび実施できるほどの、高い関心を集めるようになった。こうした関心の高さは、国際会議などで「カンセイ・エンジニアリング」を紹介する際にも強く感じるところである。「感性工学」は、この研究に手を付けて20年ほどの間に、世界の最も新しい共通語になるまでに育ってきたとの思いがする。
 わが国でも、この技術の力を見抜いている企業は、商品開発に上手に利用している。周知のように、造れば売れた時代は遠く去り、機能や性能だけで商品を売り込めた時代も過ぎて、今は消費者の感性に即した商品しか生き残れない時代へと変わってきた。バブル経済がはじけて、現在は消費が全体に冷え込んだ状況にあるが、こうした状況で左右される変化ではない。商品の値段を下げれば売れるのではなく、消費者の感性に応えていることが求められているのである。消費者の感性を的確にとらえ、それを商品のデザインに具体化できるかどうかが、売れるか売れないかのベクトルに作用する時代なのである。
 人間という消費者が使用する機器は、元々人間中心の立場から設計されるべきであったのだが、企業の都合、生産技術上の理由などを優先する考え方がまかり通ってしまっていたのである。感性工学は、消費者の感性をとらえるところから始まり、それを商品という形に具体化する技術である。ここでは、消費者の感性や個性に中心をおいて商品デザインが考えられていく点に特徴がある。いわば、「消費者中心」「人間中心」に立った技術であると言えよう。しかし、この技術は、これまで商品開発に取り組んできた開発マンやデザイナーの肩代わりを目指すものではない。あくまでも、商品化を効率よく的確に進めるための支援技術なのである。このことは、本書を通読していただければよく理解されるものと思う。
 本書第1章では、感性工学の考え方とその利用法を簡潔に説明している。最近の、エキスパートシステム、ニューラルネットワーク、ファジィ理論、遺伝的アルゴリズム、画像認識技術などコンピュータを利用した様々の手法の発展は著しく、曖昧な人間の感性処理、現実に近い画像の提示など感性工学にとっても大きな福音となっているが、先端技術の支援が不可欠というわけではない。基本的な考え方に沿ってマニュアル的な取り組みもできる。
 新商品企画には消費者、すなわち市場の動向の把握は欠かせないが、第2章、3章はその把握にデザイナーはどのような手法を使って、いかに取り組んでいるかを述べるとともに、商品デザイン開発に感性工学の手法を適用した試みを報告している。
 第4章は、感性工学とも重なる領域をもつ心理学の手法を、商品開発に適用した事例が紹介されているが、この分野の事例が少ないだけに貴重であろう。第5章以下に、種々の業界における感性工学の応用事例を取り上げた。中でも、家電、乗用車、住宅産業分野は、これまでも比較的消費者の動向に高い関心を払ってきた業界であるが、その取組み方にそれぞれの特色が現れている。一方、建築、建設機械のような前者とは対照的であった業界における事例は、その導入に至る背景とそれに即した取組みが興味深い。感性工学は発展の途上にある技術分野であるが、本書のように、基礎から応用までを含めて一書にまとめたのは、初めての試みである。
 執筆者はいずれも日本工業技術振興協会の「感性工学とデザイン研究会」の仲間達であり、それぞれの分野で、感性工学の応用と実用化のために努力している人たちである。そのためか、非常に理解しやすく執筆されている。新製品開発に従事されている実務者、あるいは新製品開発に関心をお持ちの関係者、またデザインの分野に学ぶ学生諸君にぜひとも読んでいただきたい。(「はしがき」より)

目次

1.感性工学とデザイン
 感性工学の普及
 感性工学とは
 感性工学の手法
  ・前向性感性工学
  ・逆向性感性工学
 感性工学とデザイン
 感性工学の応用例
 今後の課題

2.デザイナーと感性工学
 企業活動は感性にどう対応しているか
  ・企業スローガン
  ・A&Iの技術 商品コンセプト
 企業デザイナーの現場
  ・デザイン部門の課題
  ・商品開発のプロセスとデザイン部門
  ・デザインフィロソフィー
  ・デザインコンセプトづくりの物差し
 デザイン上の感性工学手法
  ・感性工学とは
  ・デザイン評価の実際
  ・今後の課題

3.ライフスタイルと感性
 生活環境と感性のかかわり
 感性を探るイメージマップ
 感性を実現するための手段 方法
  ・イメージマップにみるライフスタイル
  ・人による感性評価システム
  ・操作性と感性とのかかわり
 感性の傾向を定量化する
  ・人の感性的な経験則に合った快適感
  ・背景色と文字色の快適感
  ・文字の大きさの快適感
  ・視認距離とRの大きさの関係
  ・画面ソフトウェアの視角化
  ・光の演色性と感性
  ・反応時間と感性
  ・感性と室内気候

4.化粧品開発と心理学
 心理学の実用を考える
  ・アスファルトと心理学
  ・感性工学と心理学
 新製品開発と心理学
  ・新製品開発に関わる心理学とは
  ・機能 デザイン 使い心地の心理学的効果
 化粧品開発における心理学の適用事例
  ・機能についての心理学的検討-1
  ・機能についての心理学的検討-2
  ・使い心地に関する基礎的検討
 心理学研究員の願い

5.街並・住宅から玄関ドアまでの感性工学
 街並と感性の法則
  ・街並の感性的比較
  ・コンセプトをもった街並と玄関ドア
 住宅から玄関ドアまでのイメージ区分
  ・住宅のイメージ区分
  ・玄関のイメージ区分
 玄関ドアの感性工学
  ・開発のステップ
  ・システムの活用

6.オフィス環境と快適性
 オフィスとは
  ・機能化への道
  ・ニューオフィスへの取組み
 アメニティ実証室のねらいと快適空間制御システム
  ・アメニティ実証室
  ・快適空間制御システム
  ・環境要素システム
 快適空間のプランニング
  ・集中と対話の空間
  ・創造する空間
  ・休息と開放の空間
 快適空間の効果
  ・アンケート調査
  ・調査結果
 今後の展開 

7.車と感性人間工学
 ユーザの価値観の変化
 ドライバーの五感の快適性
  ・視覚の負荷低減
  ・聴覚の快適性
  ・嗅覚の快適性
  ・温冷覚の快適性
  ・動作、姿勢の快適性
 複合感覚の快適性
  ・インテリアの評価構造
  ・デザイン、設計要件と感性の関係
 今後の課題

8.感性にたった建設機械
 まえがき
 建機イメージの推移
  ・生産財としての成長
  ・高度成長期を境に反転するイメージ
  ・地球 ヒトに優しく進化する建設機械
 変化する建機市場構造とイメージ戦略
  ・女性オペレータの進出
  ・ミニ建機の消費財イメージ戦略
  ・中・大形建機の高級イメージ戦略
 建機デザインと感性イメージ
  ・従来のデザインの特徴と弊害
  ・建機デザインの改革
  ・世界の建機デザインの特色
  ・建機らしいデザインに向けて
 建機と感性工学
  ・建機の品質要素と感性
  ・感性工学への期待
  ・建機に関する感性の特異性
  ・キャブ空間における感性哲学
 オペレータシートへの感性工学の適用
  ・オペレータシートを対象とした理由
  ・SD法による感性評価
  ・オペレータシートデザインとイメージ
 ヒューマンファースト

9.家電製品の知能化と感性工学
 快適家電の実現に向けて
 快適家電へのキーテクノロジー
 ファジィが拓いた家電の知能化
 ニューラルネットワーク応用の学習型家電
 生活パターンの現場学習(冷蔵庫)
 感性工学に基づく機器の知能化
  ・家庭用カラーコピー機
  ・画像処理系
  ・感性のデータベース
  ・ファジィ画像処理
 知能と感性